グローバル社会におけるカレー注文問題

Pocket

 僕が赴任していた名古屋校の近くに某カレー屋チェーン店がありまして、よく仕事帰りに利用していたのですが、そこの店ってば店員さんに中国の方が多くてですね、イヤ誰が作って給仕してくれてもカレーはカレーなんでその事自体は問題ではないんですけど、僕自身には拘りがありまして、単純にカレーとトッピングを別々にして欲しいというだけの事で、僕は自分のタイミングでトッピングとカレーを一緒にして食べたいタチなんですが、そこの中国人店員の方に対応されますと、ガッツリとそのリクエストをガン無視されまして、「トッピングは別皿でね」と言っても出てくるカレーにはライスの上にトッピングがあり、その上にカレーがかかっているんですよ。


 最初こそまあ言語の問題もありますし、腹ン中に入っちまえば一緒だしと思い、敗北感と共にカレーのかかったトッピングのパリパリチキンを頬張っていたりしました。何よりも注文のし直しで作られたカレーライスが残飯になるというのは食べ物を粗末に扱うことに抵抗のある僕としましては、耐えられないことであったのです。


 ンで、しばらく日が経ってからまたこのカレー屋に行き、念入りに注文をしました。「トッピングは別皿でね!」って。確かに僕は言いましたよ!名札で確認したところ対応したのは前回と同じ中国人店員の宗さんという大柄の男性の方で「オ待ヘヒマヒター」と言って出てきたカレーにはトッピングの上にガッツリとカレーがかかっていました。


 ・・・ コッチは金払っている訳ですし、ママと同じ味にして!といったような無茶な事を言っている訳でもなく、難しいリクエストではないとは思うのですが、毎度注文をガン無視されるのはおかしい。しかし激怒する内容としては、パンチが弱く他人様からしたらとてもアホらしく思える内容で正直どうだっていいことではありますが、この葛藤と中国人店員の宗さんの大雑把で大陸的な対応は仕事に疲れた本間の身体と精神を徐々に侵食していきました。一瞬彼らには彼らの生態系的都合があってそうしているのかとも思いましたが、そんなことあるワケがなく、そんな思考をした自分は疲れているなと自覚出来ただけでした。


 これは何とかしなくてはならない思いまして、言語の問題であるならばビジュアル面でカバーしていけば何とかなるのではないか?と思い、その考えに従って用意したのが下の画像です。


 我ながらよく出来ていて、これならばなんぼ言葉の壁があったところでも彼らが中国人でなくコイサンマンであったとしてもジョン・メリックであったとしても僕のリクエストは通じるはず!ということで、カレー屋のチャイニーズ共にバトルを申し込みに行きましたところ、その時対応してくれたのは女性店員の薛さんという方で、勿論中国の方でありました。僕は滑舌良くゆっくりとした口調で紳士的に自分の要求を伝えた上で、上の画像を見せて、


「こんなカンジでね。」


と伝えたところ、その中国人女性店員の薛さんは、クスッと笑った後にこう抜かしやがったんですよ。


「ちゃんとわかりますよ〜。」


 イヤ、いやいやいや、分かっていなかったから俺とお前らのバトル(本間視点)はここまで泥沼化したんじゃねーのか!俺だってこんなバカみてーな絵ェ見せてカレーなんぞ注文したかねぇつーんだよこの野郎!そんなだからお前ら21世紀になっても・・・以降自粛。


 人間同士のトラブルというものは、基本的に蓄積された問題の発露にあるのではないかと思われるんですよ。突発的に失礼な態度を取られたり言われたりしてもトラブルになったとしても、それほど根深いものにはならないのではないかと僕個人は思うんですが、いかがなものでしょう。そしてその暴発はほんの些細な事で起きるのではないかというのは先の大戦で我々人類が多大な犠牲でもって学んだ事であると思います。ということを僕は晩メシのカレーの注文で思い起こされ、他人様への態度というものには本当に気をつけなくてはならないなと再認識した次第であると共に、あのカレー屋の店員である宗さんと薛さんにも事情があるワケで、それは理解するべきであると思われて、この二人の未来に幸あれと願わざるを得ない本間だったのでした。その店には2度と行かなかったけど。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

心の病問題

次の記事

チーム制作問題